2011年03月

身近な出来事(東北地方太平洋沖地震)

画像-0003 みなさん、こんにちは!総務班の米田(マイタ)です。 ↑ 震災後の私の実家です

 東北地方太平洋沖地震が発生してから、早いもので20日が経とうとしています。被災地では、未だに安否確認のできない方が多数おり、被災者の方々は不安で眠れない夜を過ごしていることと思います。また、電気やガス、水道も未だ通っていない地域も多く、お風呂にも入れず体が冷え切ったままの状態で眠らなければいけないような状況だそうです。そして、食事すらも一日一食しか配給がない避難所も多数あるということで、被災地の方々の生活環境が少しでも良くなることを願うばかりです。今回の地震は世界中の人々に衝撃を与え、特に私たち日本人にとっては、とても心が痛む出来事でした。

 そんな中、実は私の生まれ育った町や家族も被災者になってしまいました。私の実家は気仙沼の沿岸部で、海から歩いて3分の所にあります。小さい頃は、海が毎日の遊び場で、よく兄とカニやつぶ貝をとったり、船に乗って遊んだものです。その実家が今回の津波で流され、家は基礎部分だけを残して何もなくなってしまいました。地震発生から間もなく、震源地が宮城県の方だと知った私は、すぐに実家に電話をしましたが、家にも兄の携帯にも連絡がとれず、不安をいだいたまま愛川町役場1階のテレビで、気仙沼の惨状を目の当たりにし、思わず唖然としてしまいました。不安は募るばかりでしたが、いくら電話をしても全くつながらず、それ以上安否を確認する手立てはありませんでした。日に日に悪いニュースが飛び込んでくる中、やっと震災から6日目の朝、仮設の公衆電話から、兄の声で「家族全員無事だから安心して!」というメッセージが留守電に残されていました。私は思わず体中が震えてしまいました。今までの緊張が一気に和らぎ、どっと力が抜けて、しばらく立ち上がることが出来ませんでした。その後兄から電話が来て声を聞いた時は、思わず「良かったー!本当に良かった。」と泣いてしまいました。家や車はなくなってしまいましたが、命があるだけで本当に幸せだと感じた瞬間でした。

 そんな私が今、義援金を受け付けている社協の一職員として感じることは、日本の方々、そして愛川町の方々の温かさです。1万円札を惜しみなく義援金箱に入れて行かれる方、4月に行くはずだった旅行を取りやめてこの震災のためにと寄付してくださった方、そして被災地のために節電や節水など自分たちにできることをと寒さも我慢して下さっている方々、それぞれの人が、それぞれの立場で、自分達にできることをと被災地を応援してくれています。

 家をなくした気仙沼の人がテレビでこんなことを言っていました。「世界中の人たちに笑われないように、こんなことで負けていられない。恥ずかしくない生き方をしなくちゃ!」と・・・。私は被災地の人のこの言葉に励まされ、こんな時こそみんなで力を合わせて頑張らなければと強く思いました。

 一人ひとりが自分たちにできることから始めてみませんか?被災地の方々の笑顔を一日も早く取り戻すためにみんなができることをやっていこうではありませんか。

   がんばろう!ニッポン。 

<追伸 社会福祉協議会事務局長 関根>
 震災で、愛川町役場から本協議会へ出向している米田(まいた)主査の故郷(気仙沼)や実家も大きな被害に見舞われ、物的な被害のみならず、被災地の皆さんの心の傷も大きいと推察します。このブログは、震災の甚大さや今なお悲惨な環境に置かれている被災者の皆さんの状況を伝えていただくために書いていただきました。この震災をいつまでも忘れることなく、被災された皆さんが心の底から笑えるようになる時まで日本中の人たちで支援していかなければならないと思います。本協議会では、愛川町と協力し義援金、義援物資の受付をしていますので皆さんのご協力をお願いします。
 なお、米田主査は、3月31日で退職し、念願だった「小学校の先生」(相模原市内の小学校に赴任)になります。様々な苦難を乗り越え、「金八先生」のような子供たちから慕われる先生になってください。

  がんばろう!ニッポン。  がんばれ!米田先生! (くれぐれも、父兄から“よねだ先生”と間違えられないように!)

町民個人の皆様からの救援物資受付が開始されました!

DSC_0035                                                                                                                                                            地域在宅援護班 河野

東北地方太平洋沖地震により被災された方々へお届けする救援物資について、本日より町民の皆様個人からの受付を開始いたしました。DSC_0014

受け付ける救援物資につきましては、現在、神奈川県からの指示により、次の物品に限定させていただいております。

≪受け付ける救援物資≫

水(ペットボトルに限る)、粉ミルク、毛布、トイレットペーパー、タオル、マスク、紙オムツ(新生児用、高齢者用)、日本郵便の通常はがき

※物資については、新品未使用であり、できるだけまとまった数量でお願いしています。

≪受付期間・場所≫

平成23年3月28日(月)から4月8日(金)まで  午前9時~午後5時

愛川町役場庁舎分館1階会議室(愛川町角田251-1 旧消防庁舎)

≪お問い合わせ≫

愛川町民生部福祉支援課  285-2111 内線3352

愛川町社会福祉協議会     285-2111 内線3792

 町民皆さんのご理解とご協力をお願いたします。

災害支援情報を掲示

DSC_0065社会福祉協議会事務局長 関根

 震災直後は、本協議会でも、震災への対応と日常業務により混乱していましたが、徐々に落ち着きを取り戻しています。
 そして、事務局には、義援金を届けに来ていただく住民の方が絶えません。「夫婦の旅行を取りやめ、その費用を義援金に」と、お届けいただいたご夫妻が、本日、来庁されました。大変ありがたく思っています。今後とも、皆様方のご協力をお願いします。
 さて、本協議会では、災害支援情報を福祉センター1階に掲示しています。全国社会福祉協議会、神奈川県社会福祉協議会、被災地の災害ボランティアセンター、そして、本協議会の動きなどの情報を提供しています。どうぞ、これらの情報を活用し、今、私たちに何ができるのかを考えるきっかけとなれば幸いです。

多くの善意が届いています。

DSC_0063社会福祉協議会事務局長 関根

 東北地方太平洋沖地震発生後、愛川町と愛川町社会福祉協議会では、町内6カ所に義援金の募金箱を次のとおり設置しています。
    愛川町役場ホール    愛川町福祉センター1階ホール   愛川町役場半原出張所
    愛川町役場中津出張所  半原公民館(ラビンプラザ)  中津公民館(レディースプラザ)
 また、本協議会では、個人の皆様からの義援金も受け付けており、本協議会を通じ中央共同募金会へお届けする予定です。地震発生以来、多くの皆様からの義援金をお預かりしました。
 昨日、22日には、町内の少年サッカーチーム「ハリマオサッカークラブ」の子供たちと保護者、そして、齊藤増雄監督が、本協議会を訪れ町内のスーパーマーケットの店頭で行った募金活動の義援金720,528円、ハリマオサッカークラブとして117,893円の義援金を届けに来ていただきました。ご協力に感謝します。

 なお、昨日までに社会福祉協議会がお預かりした義援金は、次のとおりです。
 (3月15日~22日お預かり分まで 総額1,921,221円 敬称略)
  三栖 秀美  14,980円     匿名  5,000円   林 純二   10,000円   匿名  5,323円
  愛川液化ガス協同組合  70,000円   匿名  3,000円  匿名  4,497円
  荻田 孝  20,000円  荻田 重信  30,000円  匿名  600,000円
  前本 英昭  100,000円  ハリマオサッカークラブ街頭募金  720,528円
  ハリマオサッカークラブ  117,893円  匿名  200,000円
  榎本 重良  20,000円
 今後、期間を区切って義援金をいただきました皆様をご紹介します。

東北地方太平洋沖地震で被災された皆様へ

 3月11日(金) 14時46分頃に東北地方太平洋沖で発生したマグニチュード9.0の巨大地震により、東日本の広い地域で甚大な被害が発生し、その被害状況のニュースを新聞やテレビで見るたびに言葉を失います。
 被害にあわれた皆様に心からお見舞い申し上げますととともに亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。そして、一日でも早い復興を心よりお祈りいたします。

                                      社会福祉法人愛川町社会福祉協議会
                                            役 職 員 一 同

 東北地方太平洋沖地震が発生して以来、ブログは、お休みとしていましたが、本日から再開し、愛川町社会福祉協議会の「動き」を皆様方にお知らせします。(社会福祉協議会事務局長 関根)